昭和46年2月16日 朝の御理解
御理解第八十一節
「氏子、十里の坂を九里半登っても、安心してはならぬぞ。十里の坂を登り切って向こうへおりたら、それで安心じゃ。気を緩めると、すぐに後へもどるぞ。」
「向こうにおりたら、それで安心じゃ。」、「それで安心じゃ」という所まで行かなければ信心というのはね。これだけ頂いた、これだけ受けたから安心という訳ではない。これだけ信心が分かったから、もう、これで良いということではない。「それで安心じゃ。気を緩めると、すぐに後へもどるぞ」という所は頂きどころではないでしょうかね。
まぁ、誰でも同じですけれども、今度の寒修行なら、寒修行。寒修行と言いますと本気でお参りしようと。寒修行が終わったとたんに気が緩んで風邪を引いたという人がある。寒修行が終わったから、それで向こうにおりたということではないことが分かりますね。寒修行が終わったから、もう、ひと坂超えて、もう、向こうにおりたんだというのではない。いわゆる、寒修行中に信心が分かったということでなければならないね。寒修行期間に一生懸命お参りさせて頂いたら、一月の内に、一月の間に、今まで知れなかった信心がこういうふうに分かってきたと。その分かったということが安心じゃとね。修行が終わったから、あぁ-やれやれ、というところに風邪を引く。いわゆる心が緩む訳ですね。そこで、どういうことになるかというと、一つのおかげを目指しておるね。おかげを頂いた、それで心が緩む、いわゆる、信心が風邪を引いてしまうね。
もう、二十年も前の話ですけれ、椛目の時代、息子さんが胸の病気で医者が、大変、難しい。結核が大変、たちの悪い結核であったと。そこで、ここで段々おかげを頂く話を聞いてお参りをして来た。段々、熱心にお参りをしておるうちに、おかげを頂いて元気になった。もう、本当にそれこそ、げんきんなものですよね。おかげを頂いたら、それっきりお参りをしてこないようになった。もう、一年ぐらいしてから、また、お参りをして来た。そして、いわゆるなんですかね「先生、もう、あの時に、本当におかげを頂かんほうが良かったち、息子。あん時、死んでくれといたほうが良かった」とこういうようなことを言われる。まぁ-お願いする時は「どうでも健康にならせて下さい、どうぞ、どうぞ」と言うてからお願いしながら。おかげを頂いて仕事がどうだの、お百姓さんでしたが、お百姓の仕事が出来るようにならせて頂いたら、一年後には、「もう、あん時、助けてもらわんほうが良かった」ち、というようなね、( ? )なくなるわけです。ところがね、不良の人達が何人かおりましてね、その人達の仕業であることが分かった。警察から取り調べを受けた。ところがね、そういうおかげを受けた自分の息子もそれに入っとた訳ですね。これなら親が恥ずかしい思いをすることはない。「もう、本当にこういう、恥ずかしい思いをするごたるなら、もう、あん時に神様に助けてもらわんほうが良かった。」とこう言う。
私は、それは今日の御理解でね、やはり、おかげを頂いた。おかげを頂くために、やはり一生懸命お参りをした。おかげを頂いたら、いわば、それで信心をやめてしまうと。だから、おかげを頂いたということは、まぁ、それは九里半登った所のようなものなんです。後の半里が大事なのですね。そのことを通して信心が分かったと、いうことになったら金光様の信心はそう簡単に登られるものじゃない。けれども、おかげの喜びではなくて、信心の喜びが分かるようにならなければ、後の半里がね。いうならば、九里半はまできついばかっりね。その頃から信心が分かる。頂上を極めた。ね。その極めるところが大事なのです。おかげを極めるのではなくて、信心を極めなければならん。そこにおかげの喜びも、もちろんですけれども、信心の喜びというのが、おかげ目当てでというのは人間、誰しも同じことだ、喉ぼと過ぎれば、熱さ忘れる。信心の喜びというものは、そんなもんじゃない。
私は、今日、御神前で大きくね「光」という字をね、草書で頂いた。どういうことだろうかと思った。「光」ということ。草書ということ。いわゆる崩した光ということね。そして、教典を開かせてもろうたら、八十一節を頂いた。そして、私は「ははぁ-、光というのはこういうことだな」と感じたことを皆さんに聞いて頂いことなんです。なぜ、お互いが油断をして、また、もとの所に戻るのか。それを信心の堂々周りという。いつも、同じ所ばっかり。それでも「やはり、おかげを頂くから信心は止められない」という、だから堂々周りをしておるだけ。けれども、(? )信心なんです。なんとかおかげは受けなければならないが、そのおかげを通して信心が分かる。おかげの喜びではなしに、信心の喜び。おかげの喜びは消えやすい。喉ぼと過ぎれば、熱さ忘れる、信心の喜びというのはね、いわゆる絶え間がない。自分の心の中に芯が薄うなっていく、いわば、光が薄うなる。信心を頂いておることの有り難さが、段々失せてくる。消えてくる。これが、心のいわば、その光をカチカチ、カチカチするところに、また生まれてくる。信心の光というのは、絶え間がない。消える間がない。今日、私が頂いた「『光』というのはこういうことだったのかと思うた。「光」という字が、草書で書いたら続いておる、ずっと。「光」というのは、続けるもの、もう一生涯。信心の光というものは、人間ですから、それは少し、消えようとする時もあるかもしれん。けれども、信心の光は絶やされない。信心の光、信心とはそのように有り難い、尊いもの。
そこで私思うのに、神様がおかげを下さる、「願う氏子におかげを授け」と仰しゃるから、信心は分らんでも、願う氏子におかげを授けてくださる。「願う氏子におかげを授け、理解申して聞かせ」とこう仰しゃる。おかげの方が先。だから先の方だけのおかげを頂いて「理解申して聞かせ」と言うところをおろそかにする。理解を頂くということをおろそかにする。信心を頂くということをおろそかにする。願う氏子におかげを授けることが(?録音が悪い。一言 )信心が分らん、いや、神様が分らん。神様がござるか、ござらんか分らん。そこで、おかげの証しを見せて下さる。そうすると、そのおかげだけで信心してしまって、もう、はなはだしいのは、今、例をもって申しましたように、おかげで助かった。途端に信心が止めれれて、一年後にどういうことが起こっておるかというと「あん時、助けてもらわんほうが良かった」という結果になっとる。なかなか、そん時にその方に申しました。「あん時に、それこそ泣くようにして頼んだじゃないか。助けて下さった神様は、それこそバカんごたある。そういうことを言わずに、本人の更生を願いなさい。」と言うて、それから信心を少し分かるようになった。まだ、今でもその人は信心が続いております。まぁ細々ながら続いておる。おかげを頂いて、それから本人、かいしきいたしましてね、なんとか就職して、現在やっぱりおかげを頂いておる。ですから、おかげを受けるということは、いうならば神様から借金をするようなものではないでしょうか。「願う氏子におかげを授け」願うてからおかげを下さるというおかげは神様に、いうなら借金をしたようなもの。信心を頂いて、信心が分かって頂くおかげは、これはまぁ、いうなら信心という、いうなら遊金買いをするようなものではないでしょうか。神様が桂先生に、初代の桂先生に仰しゃった。「『桂松平、汝は、徳を受け、力を受けて、願う氏子におかげをどんどん貸し付けておけ』仰しゃっる。『この世で払えん時には、あの世までも神が取り立てに行ってやる。』と仰しゃっとられる。」というそんなお知らせ頂いた。「( ? )しっかり力を受けて、たくさんおかげの貸し付けをしとけ」と。神様の願いというのは、さっさと貸し付けをしとけということではない。さっさとおかげを渡して、そこから信心を分からせていのが神様の願いなのですけれども、世の中には、いうならばおかげだけを頂いて、信心を止めるという人はあるけれども、おかげは頂ものということもあるけれども、それは死んだ先までも神様が借金を取りに来てくださることになる。そこで、死んだ先までも借金を取りに来られちゃならんというので、現れてくるのがお気付けだと思う。「この世で借金払いしとけよ」というのは、この世で受けるおかげを通して信心を頂いておるということなんです。だから神様も止むに止まれん、そういう働きを見せてくださる。おかげもはっきりしとる変わりにそういうことにもなってこなきゃならん。ですから、どおしても私共は尽きることのないおかげを受ける、いわゆる信心の光というものを頂かなければならない。信心の光というものは冷やされない。自分の心の中に頂いておる光が薄くなったり、消えかかったら自分ですぐ分かる。その信心の光をかき立てて、段々大きな光にしていく楽しみというのが分かった時に、私は「向こうにおりたら安心じゃ。」というのはそういうことではないだろうかと。おかげを受けたから安心ではない。信心を頂いたから安心なんだということになる。それはどういうことかというと私共の安心とはね、そのまま神様の安心なんだと。「あの氏子、もうあれだけ信心を頂いた。あれだけ信心の光を心に頂いた。もうあの信心の光というものは、ちょっとした愚かなことで、おろそかにすることはなかろう、消すようなこともなかろう」と神様が安心してくださる。神様が安心してくださる、その安心がこちらにかえってくる。これは喜びでもそうですよね。涙が流れるほどしに有り難い。ありゃ神様が喜んでくださりよる。だからこちらにその喜びがかえってくる。それが信心の喜び。
最近、私が皆さんに申しておりますように、例えば、自分の前をはわかして頂くでも、それが世界の一部につながっておるんだと思うて、はわき清めていきなさい。今までは自分の前だけきれいにしさいすればそれで良いと思いよったけれども、そのきれいにさえすれば良いじゃない。そのきれいにしたことそのまま、世界がきれいになることにつながっておるという頂き方。そういう思いがでける。そこから、ほのぼのと心の中に喜びが感じることが出来る。その喜びが広げていく楽しみが、そこから生まれてくる。
昨日の日田の綾部さん、綾部さんがお参りになった。今日、綾部さんの御取次を一生懸命お願いをさせて頂いておることは、どういうことかを一生懸命お願いさせてもろうた。「もし、今、合楽の親先生がコロッと死になさるようなことがあったら、せっかくここまで頂いた信心が元の木阿弥になってしまうと思うたら、こりゃどうでも、親先生に長生きしてもらわなけりゃならんと思うた。だから、繰り返し繰り返し『どうぞ親先生の健康を』と言うてお願いをさせて頂よりましたら、どこから湧いてくるか分らんけれども感動が湧いてきた。そして、喜びに段々変わって、初めてこういう体験をした」とこう言うわれた。人のことが本気で願えれる時に神様が「あぁ、ほんなこの人は、我がことばっかり一生懸命お願いして」という時には喜びは湧かなかったけれども、それが、人のことが一生懸命祈れておる時に、そのことが神様のやはり機感にかなうとね。喜びの心に触れる。それがどこから湧いてくるか分らん感動になってきたと。してみるとこれは親先生だけのことではない。もう自分の周囲の誰彼のことでも、このように真剣に願えれるようになったら、「もっと有り難いことだろうな」ということになるんではないのでしょうかね。いわゆるこれが本当の信心なんです。信心とはそういうことなんだ。ですから、その心の光というのは、育てなければおられないのである。「途中で止められん」という凍てつく暇がないほどなんです。だから、そこまでの信心を頂く時にです、私は「向こうにおりたら安心じゃ」とそれだけ。そういうことが祈れる願えれる、祈りのはいんが広がっていくということが楽しみ。これが信心の喜び。これは尽きるということがないね。けれども、一つのおかげだけが、もし目当てだとするならね、おかげを頂いた。おかげを受けた。はぁ-喜んだ。本当に有り難い。それこそ涙が出るほどに有り難いけれども、そのおかげを頂いた喜びは段々消えていく。いわゆる九里半登って止めるようなもの。きつか所で止める。だから元に戻ってしまう。だから、その人が、また元の病気になったというのではなくて、その元の病気よりかもっと悲しいことになってしまった。「あん時、死んどったほうが良かった。こんなに親不孝するごつあるなら、心配かけるなら」ということにまでなってきた。そこで「願う氏子におかげを授け」とおしゃるから、おかげも頂かな、助けても頂かなならんけれども、次に「理解申して聞かせ」と教えておられる。その理解をどうでも頂かなきゃいけん。お話を頂かなきゃいけん。本当に頂かなければいけん。その頂く、滋養のもの血に肉ならなければならん。それが信心なんだ。
昨日、綾部さんと別に弟息子さんが一緒にお参りになってきたんですけれども、「一年前のお母さんと一年後のお母さん。こりゃあね、僕だけじゃない、店のもん皆いいよるよ」と。とにかくご主人が変わったと言われるようになったと。身についてくるようになった。血に肉になっていきよる。横から原さんが言いよりました。「まぁだ、綾部さん、あんたがこがしこ変わっことを皆がまだ知らん。あんたが、こがしこ変わったちいうことを皆が知るようになったら、あんたにたくさん人がついて来るじゃろう」と言うんですよ。変わったということを宣伝して回るのじゃないけれども、今までは「綾部さんはあんな人じゃとこう見とった。やっぱり今でもあんな人と見とるけれども、あなたが一年立ってこんだけ変わったということがね、もし周囲の人達に分かったらね、皆がね、ずいぶん下からまたついてくるですよ」ち。それが楽しいですね。「この頃から、いわゆる御祈念係をというようなことを頂いとったが、これがほんなそげんなると、私はいよいよ御祈念係にならなけりゃならん」と言うて信心を楽しんでおられます。信心が身に付いてくる。おかげを頂く、おかげの喜び。その喜びが信心の喜びに変えられていかなければいけん。そういう所が難しい。そこがやはり九里半の所です。だから、おかげの喜びから信心の喜びになってくる時に、もうその信心の喜びというものは、切ることができない、切れることがない。それをいよいよ広げていゆく信心の楽しみというものがね、身に付いてくるところまでおかげを頂かなければ。ところが成程、信心は十年や二十年続いてはおるけれども、成程おかげは頂いてきた。ところが「信心が堂々周りでいっこも進みません」というのは、おかげを「願う氏子におかげを授け」仰しゃる、おかげは頂いておるけれども、「理解申して聞かせ」と仰しゃる、その理解も申して聞かせてもろうとる。頂いておるけれども、それを行じようとしない。改まっていこうとしない。ただ聞いておるだけ。そういうのが私は信心の堂々周りというのじゃなかろうかこう思う。
今日は「向こうへおりたら安心じゃ。気を緩めるとすぐに後に戻るぞ」ということ。そうふうに「後に戻る」ということは堂々周りということに、今日は申しました。「向こうにおりたら安心じゃ」ということを信心の喜びを受ける、信心の喜びが分かるようになったら、もうそれで安心じゃということ。信心の喜びというのは、より心に光を感じる、その光をもう消すわけにはいかん。いや消されない。消せと言われても。しかも、その光が大きくなっていくことに楽しみが湧いてくる。ただ、おかげからおかげおうて回る信心を堂々周りの私は信心だと。おかげを受けたら、そのおかげの喜びが信心の喜びに変わっていく。その信心の喜びを私は「光」と頂いた、私が草書で頂く「光」。光が続いておる。そういう信心を身に付けた時に「向こうにおりたら安心じゃ」という、そういうことだと。それがそのまま神様の安心である。その神様の安心がこちらにかえってくるのであります。
昨日、私はお芝居の本を読ませて頂いとったら、こういうすばらしことを「はやませいか」という人がおりましたね。これは「せいか哲学だ」と、その言われておる言葉だそうです。「強い者が勝つのではない。勝つものが強いのだ。」言われる。なるほど哲学だと思いますね。「強い者が勝つのではない。勝つものが強いのだ。」と。私は、これから本当にずっとずっと「はやませいか」を感じておったであろうというほどしに、私は深いものを感じた。これは大変、哲学ですね。深いものがある。ある人が「大坪さん、あんたはふが良かったですね。こんな立派なお広前を建築させて頂いて、よか先生になった。」。この頃から、ある先生が見えられて「ここには修行生が五十人おる」と言うたら「ほぉう」とたまがってから、「名月ですよ、日本一ですよ」と言うた先生があった。ですから、例えば、日本一といかに言われようがです、例えば、これがふが良かったと言われようがです、私の心の中に頂くものはね、「いよいよしっかりしなきゃなけんな」というものしか生まれてこない。このことは皆さんよぉ-く考えてみてください、人それぞれに答えが違うと思います。私は、この例えば、私がもし強い者である、強いと、例えば日本一と言われるようになってもです、もし負けたらですね、やはり私は弱いんだと、自分で悟んだろうし、または、私が例えば勝ったにしてもです、それは神様のご都合であったと思うに違いないです。「なんといっても俺に実力があるから勝ったんだ」というような思い方をせんで済むということはです、私は信心の喜びというものがね、段々大きくなっていきよるから、そのようなふうに頂けるのだと感じますね。いわゆる後に戻るということがない。「強い者が勝つのではない。勝つものが強いのだ」と味わう、本当に味わうような、このような哲学を分からせて頂いたら、味わいがあると思いますね。その味わいが信心の喜びだとこう思いますね。その喜びをです、いよいよもっともっとより大きなものにしていく、という願いが段々強ようなっていく、限りがない。成程、「信心は一生が修行じゃ」と、おかげを受けることは一生が修行じゃということじゃない。信心させて頂く者は「学者が年をとっても眼鏡をかけて本を読むようなものであろうぞ」と仰せられるように、学問が身に付いていけばいくほど、年をとっても眼鏡をとって本を読まなければおれんのであり、学問をしておかなければならないのが私は学徳を身に付けていく人に姿だとこう思う。信心の同じこと。信心の徳を身に付けていけばいくほどに、いわゆる、「やれやれ、これで済んだ。これでもうおしまい」ということは決してない。限りなく求めていく、信心の喜びというものにはきりがない。そういう光を求めてお互い信心させて頂かなければならないと思いますね。どうぞ。